地図情報 Vol.29 No.2 通巻110号 「ラムサール条約登録湿地の地図」
〔表紙解説〕5万分の1地形図「大楽毛」図幅にみる釧路湿原(新釧路川付近)の変遷 釧路湿原の詳細は、大西英一氏の本誌論文を参照していただくとして、ここでは表紙の地形図に関しての説明に止めたい。 (1)図は大正11(1922)年測図、昭和3(1928)年鉄道補入、昭和5年4月30日発行。地形図として最初に測量図化された地図で、準基本規定の測図域だが、湿原の状況等、後の測量図と比較して表現は悪くない。昭和3年の鉄道補入は、釧網線(釧網本線)、雄別炭礦鉄道、鶴居村営軌道などの補入が行われたが、地形にはほとんど手を入れていない。 (2)図は昭和19(1944)年部分修正(空中写真測図)、昭和21年11月30日発行。第2次大戦末期,太平洋沿岸部の都市・港湾部に本土作戦に備え部分修正が行われた。根釧台地中央部では地形の表現が現況にそぐわないとして、昭和17年頃から修正が施されたが、本図の地域では新釧路川の掘削による一部湿地の乾燥化やクチョロ川沿岸の一時的湛水池の消滅、小河流の加除がみられる程度である。新釧路川両岸の堤防は、北西側は鶴居村温根内、北東側はイワボキ(岩保木)山麓へ延び、あたかも湿原の水を集める漏斗のように見える。 (3)図は昭和30(1955)年測量、昭和32年9月30日発行、3色刷図。精度の面で若干問題のあった道東から改測されている。仁々志別川(上図では旧阿寒川)の自然堤防域の乾燥化や鳥取付近にも都市化・工業化に備え、湿地が消えている。 (4)図は昭和45年編集、昭和48(1973)年修正、49年10月30日発行、4色刷図。湿地の周辺部と釧路市街の後背地の乾燥地化が読み取れる。 (5)図は昭和59(1984)年編集、平成6(1994)年修正、14年要部修正、15年5月1日発行、4色刷図。釧路市街の拡大が著しい。湿地の乾燥地化は、排水によるものか盛り土によるものかは、この地図からは読み取れない。 5万分の1地形図の湿地記号は、従来、図郭下辺に平行な2〜5mmの短線で、線の幅は0.05mmとされていたが、D図(平成15年図式)では0.1mmと太くしたため湿原が強調されるようになった。なお湿地記号の白い絣状の模様はその部分が乾燥していることではなく、美しく見せる記号に過ぎない。 下方のCD図の「釧路湿原」の文字のすぐ傍に、史跡・名勝・天然記念物を表す特定地区記号(∴)が描かれている。記号の描かれている位置は広域を示している。なお、この地域の天然記念物の指定は昭和42(1967)年である。 (清水 靖夫 地図情報センター理事) ■ 巻頭随筆 鳥か、人間か ■ 特集 ラムサール条約登録湿地の地図 釧路湿原 尾瀬 谷津干潟 −東京湾最奥部に残されたバードサンクチュアリ− 三方五湖 −淡水・汽水・塩水と水質が異なる五つの湖− 秋吉台の地下水系 さまよえるマングローブ湿地 「アンパル」 の過去と未来 ■ 特別寄稿 追想:田中薫と渡辺光による昭和初期のアメリカの旅 ■ 文献紹介 『地図でみる 西日本の古代』 三好唯義 38 『江戸・東京地形学散歩』 角田清美 39 ■ 巡検報告 「羽田(旧漁村)界隈巡検」に参加して 受贈図書・資料 (財)地図情報センターからのお知らせ ■ 資料室 2009年2月〜4月 |